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廃線ケーブルカー(2) |
休み休み登っていくと、昔のケーブルカーの駅が見えてきた。結局、全行程1時間15分中、階段部分に25分かけて、元・赤城山頂駅(鳥居峠)に到着。 |
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右側に小さな作業用モノレールが見えている。 |
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苦労して登った甲斐があった(ふぅ〜) |
途中暑くて、トレーナー、セーター、ジャケット全部脱いでいたのだが、峠では、覚満淵の方から、冷たい北風が吹き下ろしていた。あまりの寒さに速攻、脱いだものを全部着て、「赤城山頂駅(記念館)/ビア・バーベキューホール」に避難した。
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ここ、6年前にチームのツーリングで来たことがあるぞ。 その時は、ケーブルカーの駅だとは全く気がつかなかった。。。 ここはケーブルカーの駅舎だったコンクリ製の建物を内側に取り込む形でロッジふうの建物に改装してある。改装は6年前(前回、私が来る直前)のことらしい。 |
内部には「旧赤城山ケーブルカー資料室」がある。 |
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赤城山鋼索鉄道に関して、資料室に書かれていたことを転載。 ●1957年(昭和32年)7月21に開通。 当時の写真があったが、駅前はバスと人間でごった返していた。私の知人でもこれに乗ったことのある人がいるから、当時はメジャーな観光手段だったのだろう。 同じく観光振興のために作られた赤城道路のために、10年で採算の取れない状態になってしまうとは、皮肉なものである。 |
資料室には、当時の新聞記事や、駅舎平面図、ケーブルカーのパーツとおぼしき物件が少々。ちょっと物足りなかったが、当時の駅舎のままのむきだしのコンクリートがいい味出していた。 |
当時の駅舎は2階建てで、屋上まで上がれる階段が見えていたが、階段入り口が閉鎖され、登ることはできなかった。 |
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森林公園の休憩所の建物の裏にホームの跡があった。コンクリの風化した階段を登ると、枕木やボルト、石垣、電柱や切れた電線が残っていた。数百メートル上がって、まだまだ行けそうだったが、だんだんヤブが深くなり、倒木も増えてきたので、適当なところで引き返した。 |