風雲文庫

「風雲文庫」のことはB級情報誌「GON!」で知ったのだが、ガイドブックの類には載っていないマイナー系の施設で、しかも、「GON!」の記事によると、とんでもない急坂の上にあるらしい。

インターネットで検索してみたら、住所と電話番号が出てきたので、問い合わせて行ってみることにした。

電話の応対「熱海新道に看板出てます。わからなかったら、携帯で訊いて下さい」とのことだったけど、私、携帯電話持ってないのよ〜。伊豆スカの玄岳ICから降りていったら、案の定、看板を見落とし、坂道を行ったり来たり。やっとみつけたのが、この看板・・・これじゃあ、わかりにくいわ

●風雲文庫
 0557-67-4411 9時半〜17時、水定休、1050円、
伊豆スカイライン玄岳ICから錦ヶ浦方面へ。熱海自然郷入り口をすぎて少し下ると、右側に看板あり。

敷地の入り口からず〜っとこの手の看板が林立していた。

なんだ!なんなんだ!

よくわからないけれど、すごい気迫だぞ〜。

薮の中に巨大な鐘が鎮座していた。

パンフの写真によると、これはもともと、赤く塗られた鐘楼にぶら下がっていたらしい。危険だからはずしたのかねぇ?

「嗚呼神州正気之鐘」と書かれていて、菊の御紋までついていた。

どこからこんなもの、手に入れたのかな? それとも特注か?

写真を撮っていたら、建物の中から、初老の婦人が出てきた。館長さんの奥さんだった。「今、五重塔の鍵開けますから」「見終わったら、本館の方に来て下さい。桜湯出しますから」・・・平日ということもあって、客は私一人だけなのだった。

で、五重塔に入った。

(塔内、「撮影禁止」の貼り紙はなかったように思うが、おばさんが「館内で写真はダメなんです」というので、内部の写真は出せません。残念ながら。)

「戦時遺品!それは最良の教師である」ということで、中は、戦争に関する物件てんこ盛り。

軍刀、三十八式歩兵銃、軍票、戦時中のポスター、軍服、新聞記事、傷病軍人入院証明書、憲兵マント、「皇軍万歳」「国民精神総動員」と書かれた駅弁の包み紙、軍人金銭出納簿、戦時中の玩具、「訓練・空襲警報」と書かれた赤い幟、野砲の車軸、南方派遣軍軍属用帽子、山本五十六直筆の書、日の丸の寄せ書き、武運長久の幟、日本軍が支那で散布したビラ、最後の鉄兜(紙製)、満蒙開拓・青少年義勇隊幹部募集のポスター(大東亜省・満州移住協会発行)....膨大な数の展示物がところ狭しと置かれていた。

戦時中のランドセルの横には「ランドセルは粗末でも、子供心は粗末ではなかった」

三菱重工の給与袋には「節約の資材で作れもう一機」の文字。


「離騒之曲 忘却られた(わすれられた)祖国愛 抑圧られた(おさえられた)民族魂 叩き込まれた戦犯意識! 強制られた(しいられた)歴史の断絶 それでも日本の火は消えない 日本の伝統は滅びない 三千年の彼方から歴史の跫音(あしおと)が聞えてくる 風雪を征く日本民族のマーチである」・・・4階に書かれていたこの文章が館長の主張らしい。
5階は英霊を祭った神社になっていた。

内容の重さと、主張の激しさに頭がクラクラしてきた・・・。

で、次は本館。

入り口に「種は優位への意志を愛し、弱化への同情を憎む」の看板。

そして、屋根にはナチスの卍マーク

(そういえば、最初の案内看板にも卍が・・・。)

キテるわ。この博物館・・・。

中に入り、おばちゃんに「内容が重くて疲れました〜」。おばちゃんは「ここは、普通の博物館とは違うからね・・」と言いながら、桜湯を入れてくれた。

ここにも、「赤い靴」の展示の横に「野口雨情は考える!後の世までも考える!」の文字が・・・。迫力はすごいんだけど、これはさすがに意味不明・・・。

お茶飲んで一服した後、本館地下の展示室に突入した。

こちらは英雄の遺品ルームだった。

スターリン、ニーチェ、ナポレオン、レーニン、マルクス、ビスマルク、東条英機等の遺品の部屋。当事者の主義・主張に関係なくコレクションされていた。「その人生が美しくあるためには、その最後は悲劇でなくてはならない」・・要するに、かっこよければ、なんでもいいらしい。

圧巻はヒトラーの遺品。軍服、帽子、ネクタイピン、愛用の食器、時計、ステッキ、カサ、自筆の演説原稿「マイン・カンプ」を打ったタイプライター、家具、1×2メートル四方の肖像画、ヒトラーの描いた絵など、100点くらいあった。これ、ホンモノなんだろうか?「1933年にヒトラーがアウトバーンの起工式で握ったスコップ」なんてのもあったが、これがホンモノだという証明、あるんだろうか?(あやしいな〜)なぜ、このような物件が日本に多数あるのか?どうやって入手したんだろう?オークションだったら、とんでもない値段がついただろうなぁ。館長さんって、大富豪?

おばちゃんに質問したら、「主人、私には何も言わないんですよ」。「館長さんに会えなくて残念です」と言ったら、「主人、この博物館にはほとんど来ないし、取材も一切受けないんです」だって。ということで、物件を入手した方法については聞けずじまいだった。

で、「GON!」の記事(00年7月号)なんだけど、これ、撮影禁止の場所で撮った写真が堂々と掲載されているんだなぁ。

おばちゃん「「GON!」なんて雑誌知らないし、取材申し込まれた覚えもない」で、館長さんが一切取材受けないんだとしたら・・・

これ、無許可で撮った写真、掲載してるってわけですよね〜。

さすがは「GON!」。えげつないことするよな〜。

(私も撮影禁止の場所で隠し撮りすることはあるけれど、投稿やHPには使いません。訴えられたらやっかいだから・・・。)

内容とは関係ないけれど、この博物館、熱海を見おろす山の上にあり、絶景大展望!だった。

風雲文庫から熱海城を経て国道に降りていく道は、急坂ヘアピンカーブの連続だった。峠や山道を走り慣れている私にとってはたいした道ではなかったが、平地ばかり走っているドライバーには大変かも・・・。おばちゃんも「この道降りてくる人、よく、車のブレーキ焼くんです」「以前、ブレーキのきかなくなったトラックが、下の国道のタクシーの上に落ちて、死人が出たことがある」と言っていた。「GON!」に出ていた急坂って、これのことだったのか・・・。