水俣病資料館

今回のツーリングは、水俣市を通るコースになった。水俣といえば、(偏見入ってると思います、水俣の方、ごめんなさい)公害、水俣病→暗い歴史の町を連想してしまう。

最近、水俣病の話題、あまりきかなくなったけど、現状はどうなっているんだろう?と思い、水俣病資料館に立ち寄ることにした。

●水俣市立 水俣病資料館
熊本県水俣市明神町53番地、0996-62-2621、9時〜17時、無料、月休

水俣病資料館は海岸の埋めたて地の2階建ての立派な施設だった。パネル、映像総動員で水俣病とは何か、ということが説明されていた。しかも、入館料は無料。市が維持費を負担しているようだ(もしかしたら、チッソも協賛?)

展示内容は、幅広かったが、掘り下げが浅いのが残念だった。

★昔、チッソの御用学者の一派があったときいたけれど? 
★患者個人個人の発病の様子についての記述が無く、一般論に終始している
★有機水銀の生成について、15年くらい前にはバクテリアのしわざだと習ったけど、いつから、「すでに工場排水に含まれていた」ってことになったのか?

・・・疑問は解けないままだった。そして、現状はどうなのか?、ということも。(もっと知りたい人はビデオライブラリー使って下さいってことだったのかなぁ?)

知りたいことが展示されていなかったので、結局、地元の人に訊くことになった。

 駐車場で草刈りしていたおじさんに疑問をぶつけてみた。
「1997年に仕切り網が撤去されて、水俣湾で魚を取ってもいいことになったのですが、現在、水俣で漁業をやっている人っているんですか?」
おじさんの返事
「漁業している人はいるけど、皆、遠くに獲りに行っている。水俣の魚はイメージが悪くて売れないから」「ツルは魚食べてピンピンしてるから、もう大丈夫なはずなんだけどー」ということだった。

隣の敷地は「水俣病メモリアル」というモニュメント群になっていた。こんなものを作るなんて、水俣病は、もう、過去の事件なんだろうか?

きれいすぎる。あまりも、きれいすぎ。

資料館の外に出て、水俣湾の方に行ってみたら、埋め立てられて、親水公園になっていた。

昔の漁村の面影は皆無。

看板見たら、汚染されたヘドロを取り除いて、埋め立て工事をやったらしい。77年から90年までの13年間で485億円もかかったとか・・・大変だ。

水俣はチッソとともに発展してきた町。今でも、駅前にはチッソ本社がある。しかし、チッソは賠償問題で、昔の勢いはない。駅前通りもさびれた雰囲気だった。

水俣には、もう一軒、水俣病関連の資料館がある。

これが、「水俣病歴史考証館」

ところが、この施設、案内看板が小さくてわかりにくく、急坂を登り詰め、最後がダート・・・というとんでもない場所にあった。私はセローなので余裕だったが、重いロードバイクの人は登るのを躊躇すること、うけあい。そして、肝心の施設は、平屋で、電気は消えてるし、冷房はないし、誰もいないし・・・。ちょっと覗いてみたら、パネル展示が中心のようだった。関連書籍も売られていたが、暑くていたたまれなくなり、5分で退散。(入館料の500円はもちろん払わなかった。)

まともに見ていないので、内容についてのコメントはパス。

→その後、2004年に再訪した水俣病歴史考証館のレポート

この日は水俣市内に泊まった。翌日は、海岸沿いの県道58号を北上した(景色よし)。水俣市の隣の津名木町では、海で、何かの養殖が行われている様子だった。当時、ここの町でも水俣病の患者が出ていたはず・・・なんだけど、現在、水俣の魚はダメ、津名木の魚はOKって・・・人間っていいかげんなもんだね。