砲台山の廃虚(3)

リフトの駅には、機械もそのまま残っていた。

このリフト、1969年に出版された鉄道関係の本の「金谷駅」の写真の背景に写っているらしい。

その頃、運転されていたのはたしかだが、いつ頃まで使われていたのだろう?

リフトの駅の近くに小山に登る階段の残骸を発見した。階段そのものは半ば崩壊し、中央に木が生えてしまって使用困難な状態だが、手すりの青い塗料はまだ残っていた。(物件により、朽ち果て方の程度が違うのも、廃虚探検の楽しみの一つ。)なんとか、小山に登れそうなルートを発見し、両手両足でよじ登った。

上がってみると、東屋があった。

金網の残骸と、巣箱から、鳥小屋であったことが判明。何が飼われていたのかな?

ここについては、後で、食堂「味はな」夫妻からとんでもない情報をゲットすることができた(笑)

再び、小山を尻すべりしながら降り、砲台山を後にした。

小休止の後、リフトの下の駅跡を探すため、また、金谷に戻った。当時の客の流れからすると、電車駅の近くにリフトがきていた可能性が高いので、まず、金谷駅に行った。バイクを停めてうろうろしていたら、お巡りさん二人組(20代&40歳くらい)を発見。「このあたりに大昔、リフトありませんでしたか?」と質問したが、お巡りさんはそんな話きいたことないって。

でも、金谷駅にあった住宅、店舗の地図を見たら、リフトを抹消した跡がしっかり残っていた。やっぱり、駅はこの近くにあったんだ!

国道沿いのガストの駐車場にバイクを停め、歩いて駅の遺構を探したが、何も見つからず。月極駐車場とある会社の資材置き場として使われている空き地があやしい・・・。山腹を見ると、一箇所だけ、木の生えていない部分が上まで続いている・・・ここにリフトがあったんじゃ?

近くの住宅街で、歩いていたオバサンを捕まえて質問したら、やっぱり、40年くらい前に、このあたりに駅があったらしい。

ところが、後日、山肌が禿げている部分の右側をよ〜く見ると、リフト鉄塔が並んでいるのが見えた。

ヤブに埋もれているが、4つ並んでいた。

ということは、駅は、この直下にあったものと考えられる。

金谷駅の近くの「味はな」の経営者夫婦とお客さんに、砲台山レジャーランドとリフトについて質問した。すると、この店の方、昔から金谷に住んでいるそうで、詳しく教えてくれた。

まず、京成電鉄関連の資本が、この地域一帯を大規模に開発するため、鋸山ロープウェイの建設(1962年)、東京湾フェリーの誘致、砲台山の公園とリフトの建設を行ったらしい。

以下、私のきいた話。

レジャーランドでは、羽を切って飛べなくした鳩がペンキでカラフルに着色されて放し飼いされており、とっても綺麗だった。(今なら、動物虐待になる!)

○芝生もあって、のんびりするにはいいところだった。
○リフトは有料だが、入園はタダなので、金のない人は、林道側から入園していた。

リフトとレジャーランドは5年くらいでつぶれてしまった。

○レジャーランドと別の場所で、砲台山の中腹のあたりに、桃太郎園という施設があった。
○こちらでは、雉とか猿が飼われていて、猿が芸をしていた。
○桜も綺麗だった。
○桃太郎園、取り壊されて、今では何も残っていないらしい。

地元の方の情報って素晴らしいです!

○その後、別の方から、また、情報をいただきました。

桃太郎園は砲台山ではなく鋸山の麓(伝金谷城跡)に
ありました。(ロープウェイの近く)

チンパンンジーに芸を教えてみせるショーが売り物でした。
裏手にキジやチンパンジーを飼っていてちょっとした動物園でした。

砲台山の方は砲台山ハイランドがあって鳥が飼われていました。
七面鳥とか・・・
あんまりおぼえていません。(><)
別に上り口が何カ所かあったと思います。
リフトは途中に平らなところがあってそこから飛び乗っていました。

→その方からいただいた画像はこちら

どうもありがとうございました!

★2009年に再訪しました。レポートはこちら

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