リバティおおさか
(大阪人権博物館)

リバティおおさか大阪人権博物館の別名。

環状線・芦原橋駅を出ると、立派な案内看板が立っていたので、迷わずに行くことができた。

関西は部落差別が多いので、主に、同和問題について解説した博物館かと思ったら、それはここの展示の1テーマに過ぎず、女性差別、朝鮮人問題、アイヌ、沖縄問題、障害者、水俣病、ハンセン病、AIDS等、多くの種類の人権問題が扱われていた

まず、最初にマルチスライドで「私」というタイトルの映像を見た。前衛的な演出方法で、いっさいセリフが入らず、原爆、ベトナム戦争、ホロコースト、暴走族、いじめ、公害等、現代の暗部をテーマにした映像が次々と映し出される。力作で私は気に入ったが、団体で来ていた小学校の生徒さんたちは何を感じたんだろうか? 最初はがやがやうるさかった小学生たち、映像が進むにつれ、黙ってしまったので、彼らにとって、かなり衝撃的な内容だったようだが。

★何事も子供時代の教育が大切だと思う。特に、人権問題に関しては・・・。

偏見を持っている大人の考え方を変えさせるのは難しい子供を社会科見学の一環として、この施設に連れてくるのは正解だと思った。

【同和問題について】

室町時代までは、職業により、身分の上下が決められており、努力次第では上の身分に移れたのだが、秀吉の時代以降、支配者の都合で身分が固定されてしまったのだという。

これが、現在まで続いている身分差別の始まりである。

ちなみに、太鼓張り替え師、死牛馬処理業、仕置(行刑)の準備・下働き、死体処理、不浄物処理等が、最下層民の仕事だったらしい。江戸時代は各藩とも、「塀民の家の軒下より内には入ってはいけない」「町方へ外出した時は昼七つ(冬は3時過ぎ、夏は5時半頃)に帰らなければならない」「往来で平民に会ったら土下座しなくてはならない」等の決まりごとがあったそうだ。
明治4年(1871年)に解放令が出て、非差別階級は、新平民となったが、「彼らの態度がでかくなって困る」ということで、兵庫、岡山、福岡等で、解放令反対一揆が起こったりしたらしい。結局、差別を存続させたのは、国の制度というより、国民の差別意識なのだ。
ちなみに、明治時代以降、下層民の仕事とされていたのは、火傷の危険を伴うガラス細工職人、劇薬を扱う人造真珠職人、食肉労働者、鉱夫、靴直し職人、人力車夫等だったらしい。このあたりも機材の実物展示がされていた。

この博物館、あちこちに係の方が立っていて、いろいろ説明して下さる。

「西日本に部落差別が多いのはどうしてですか?」と質問したら、「それについて解説した本があった筈だが・・・」と、後はしどろもどろ。こんな突っ込んだ質問するの、私だけかもしれないけれど、もう少し、勉強して欲しかったです。。。

って、人を責める前に、この質問、自分で調べるべきだね(汗)。

【女性差別について】

大峰山はいまだに「女人禁制」で、山道の途中に女人禁制の門と「この霊山大峰山の起きては宗教的伝統に従って女性がこの門より向こうへ登ることを禁止します」と書かれた看板が立っているそうだ。その門と看板が再現展示されていた。

ビデオを見ると、門の前にいた女性ハイカーたちは、「中がどうなっているのか見てみたいですね」と言っていたけれど、寺側は当分、女人禁制を解除する気はないそうだ。

ちなみに、土俵や、神社、トンネル工事現場で、女性が排除されるていう問題が今までに何件も起きているそうだ。

【コリアン問題について】

←「猪飼野の農楽隊」

1952年、大阪の朝鮮市場で、学校設立資金カンパのために、農楽隊が募金活動をしたところ、警察に無届けデモとして取り締まられた事件。

実物大ジオラマが展示されていた。

朝鮮人を差別した錦絵、マンガ、朝鮮併合の歴史、日本に強制連行された人たちの子孫が就学拒否された事件等の展示もあった。

他、盛りだくさんの展示物を見ていたら、3時間半もかかってしまった。
あちこち手を広げすぎて、最後の方のテーマは掘り下げが浅い感じがしたが、いろいろな意味で勉強になった。

最初は、一つ二つのテーマにしぼって、もっと深く掘り下げればいいのでは?と感じたが、この博物館を企画した方は、「差別はいたるところにあるのだ」と言いたかったのではないか?

●大阪人権博物館(リバティおおさか)
大阪市浪速区浪速西3-6-36、06-6561-5891、250円
10時〜17時、月休(祝除く)、祝日の翌日休、第4金曜日休、年始年末、他臨時休業あり

私のHPでは、展示物のほんの一部について紹介しただけです。この博物館について、さらに興味のある方は、「リバティおおさか」のHPを見て下さい。詳しく解説されています。