東洋剥製博物館(2)

狸の嫁入り。

二宮金次郎。。。

冗談くさくて笑えます

パンダも2頭いました!

がお〜!

パンダって熊の仲間だっけ?

肉も食うっけ?

食わない・・・。

こっちはハッピを着たパンダ。

パンダもたくさんいたら、だんじりパンダの剥製にしちゃったんでしょうか? 蕎原さん。

他にも剥製多数・・・。

首だけのキリン、子ライオン、ペンギン、スカンク、テン、ムササビ、ボブキャット、アライグマ、カンガルー、センザンコウ、カンガルー、ギンギツネ、ワシ等あった。

首だけのキリンは伊豆の「アニマル亭江戸屋」にもあったなぁ(笑)。

虎やヒグマ、ライオン、キンシコウ、オカピ等は自然資料館の方に持って行かれてしまったそうなので、それがあった頃って、どんなにすごかったんだろう??

その頃来れなくて、残念だ。

狸の行列を見ながら、「これだけたくさん狸がいるんだから、さぞかし高価でしょう?」と質問したら、「引き取って展示して下さる方になら、タダ同然の値段で差し上げます」って。

誰か希望者の方いらっしゃいませんか〜??

また、ここの主な展示物は、須川さんという剥製の第一人者(数年前に亡くなられたそう)の制作によるものらしい。須川さんの作品は、世界的にも通用する一級品で、他の人が作ったものとは出来が違うそうだ。年月による劣化も少ないらしい。

名刺を頂いたら、「無縁会会長」という肩書きが入っていた。そういえば、建物の入り口にも「総本山縁昭寺開設事務所」と書かれていたな。きいてみたら、昭和45年開館の予定で、みさき公園の近くに15000平方メートルの土地を買い、善光寺のような宗派を問わない寺を作ろうとしていた、とのこと。結局、必要な予算400億円が集まらず、断念したそうだ。でも、人のために役に立つことをしようと思い、募金活動等なさったらしく、日本赤十字からの表彰状が展示されていた。

壁に古い新聞記事が貼ってあった。彼が73歳の時のことだから、1984年頃のものらしい。彼は、昔、動物園を作ろうとして、建設資金稼ぎのため、贈答品を販売していたが、予算に無理があって、剥製動物園に変更したらしい。蕎原氏って、お寺だけじゃなくて、動物園建設も狙っていたの? あ、これもしかしたら、牛久大仏みたいな動物園つきの墓地を考えてらっしゃったのでは?(笑)で、昭和52年に兵庫県の剥製業者からライオンを買ったのが最初で、それから10年、1億円かけて、ほ乳類30種180匹、鳥類15種60羽、その他5種10体を購入して、東洋剥製博物館を開いたとか。

現在は来館者の少ないこの博物館、きしわだ自然資料館に剥製を譲渡するまでは大人気だったらしく、この時点でのべ20万人の人が訪れていたそうだ。

テレカや動物の縫いぐるみのお土産も売られていたらしい。

当時の貼り紙も残っていた。

「各テレビ局でおなじみの猛獣博物館」「特報!!世界最大級の猛獣!!ライオン、羆(ひぐま)、虎、白熊展示 日本剥製会大御所 須川名人の作品」「世界第一の珍獣 オカピ、パンダ、キンシコウ」だって。

●東洋剥製博物館
岸和田市北町8-16、0724-22-4544、32-5521、商店街から「南大阪信用金庫」の角を入る、
料金は寸志、個人でやっているので、来訪のさいは、事前に電話した方が無難かも。

05年4月に掲示板定連さんから教えて頂いた情報ですが、蕎原氏はすでに亡くなられたそうです。この博物館が現在、開館しているのか不明です。現状をご存じの方は教えて頂けると助かります。

05年5月に、別の方から提供いただいた情報です。

02年1〜6月のツーリング情報の中で、『東洋剥製博物館』の現状に関する情報を募集しておられるのを発見しましたので、勇んで書き込みさせていただきます。私が東洋剥製博物館を訪問したのは2003年8月ですが、当時の状況をご報告させてください。
 建物の外観は荒川様が訪問されたときと変わりなく、正面のシャッターも、お写真と同じように一部だけ開けられていました。予約電話をしていなかった私は、いかにも『たまたま通りすがりです』という装いで(←実際は東京からはるばる訪ねて行ったのですが^^;)覗き込んでみました。
 『だんじり狸』や面白い張り紙の出迎えを期待していたのですが、それらはどこにも見当たらず、真珠細工の五重塔とか巨大な水晶玉とか、わりとまともな部類の美術品だけが、大人しく飾られています。
 奥の部屋からテレビの音声が聞こえてきてたので、『ごめんください!』と呼びかけてみると、50〜60代くらいの男性が出て来て、『何?』と素っ気ない反応。『外に書いてあったので覗いてみたんですが、ここ剥製の博物館なんですか?』と訊いてみたところ、『ああ、昔やってたんだけどね、もうやめちゃったよ』
 …とのことでした。残念。もしかすると蕎原氏もその頃、ご病気か、お亡くなりになられていたのかもしれませんね。
 まあ上記のような状況だったので、突然の来訪者を追い払うための方便だった可能性も考えられますが、素直に受け取れば、東洋剥製博物館は2003年8月の時点で、すでに閉館していたことになりますね。あのカワイイ(?)剥製のコレクション達、どうなってしまったのか、とっても気になります。

とのことでした。

残念ながら、東洋剥製博物館は閉館してしまったようです(ノД`)

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