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小豆島は、「二十四の瞳」の作者である壷井栄の出身地なので、「映画村」をはじめ、「二十四の瞳」にちなんだ物件が多数ある。
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明治35年に建てられたこの校舎は、昭和46年に廃校になるまで使われ、昭和29年の高峯秀子主演の映画はここで撮影されたそうだ。 |
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映画のスチール写真を並べた部屋があったが、これって、昭和62年公開の田中裕子バージョンの方じゃないか。。。 |
| 映画村の方は、門の前に大きな駐車場と土産物屋があり、テーマパークといった雰囲気だった。こちらは、昭和62年の田中裕子版の撮影セットをそのまま観光地にした場所である。 |
入ったら、川が流れていて、魚の餌付けができるようになっていた。エサ(100円のシラス干し)を買い、撒いたら、ピンク色の大きな魚が出てきた。えっ!これってコブダイだ。よく見たら、「汐江川」という名前のこの川、海水で、ボラ、チヌ、サバ、ハマチ等が飼われているそうだ。 |
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写真は、学校のセットである。 昭和62年の映画で使われたセットなので、先ほどの分教場と比べ、こぎれいに「作られた」雰囲気である。荒川的には、ホンモノの分教場の方がよかったな。 |
撮影で使われたボンネットバス。 |
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田中裕子版「二十四の瞳」を繰り返し上映している建物があった。2時間近い長い映画だったが、面白かったので、初めから終わりまで見た。最初、12人いた生徒が、戦争という時代の流れに押され、戦死したり、没落したりして、生き残った者たちが戦後再会する、という話だった。地味な話で、昔読んだこともあるはずだが、ストーリーは全く覚えていなかった。今、改めて見ると、反戦テーマの話なのだな。 壷井栄文学館に入った。小豆島出身の壷井栄は夫の壷井繁治がプロレタリア文学とかかわっていた関係で、時代に流されない視点を持つようになったようだ。これが二十四の瞳の原点なのかも。 昼頃、映画村を出たら、駐車場に入る車の長い列ができていた。バイクはともかく、車で来るなら、早い時間に来ないとダメだな、ここは。 |
●二十四の瞳映画村
香川県小豆郡内海町田浦、0879-82-2455
9時〜17時、630円
映画村のHP
●岬の分教場 200円
映画村との共通券750円
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有名な記念撮影スポットである。 |
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バイクを県道に置き、徒歩で入ると、路地裏を抜けた先は階段だった。「すぐそこだろう」と思って登り始めたら、急斜面の墓地の中の道をえんえんと登る羽目になり、碑は墓地の最上部だった。疲れた。そちら側にも車道があったので、こっちから来れば楽だった・・・。 碑には、「桃栗三年 柿八年 柚の大馬鹿十八年」と書かれていた。壷井栄の好きだった言葉らしい。 |
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「ミイちゃんの部屋」「マァちゃんの部屋」等、「二十四の瞳」の登場人物の名前がついていた。 |