小豆島の大阪城残石

小豆島の石(主に花崗岩)は、江戸時代初期の大阪城の補修工事(1620〜1629)のさい、使われた。島内には、関連の史跡が残っている。

草薙から福田港に至る国道沿いには、石切場の跡や、割る時、8人の石工が亡くなったという「八人石」が路肩に残っていた。

写真は八人石。でかい!昔の人は人力でこんなとんでもないものを運んだんだなぁ・・・。

島の北側にある「道の駅 大阪城残石記念公園」には、積み残しの残石がまとめて展示してあった。道の駅ができる前は、無造作に海岸沿いに並べてあったらしい。

石切場の近くには、「石彫記念公園」があった。

「公園」といっても、一箇所に作品をまとめて置いてあるわけではなく、国道沿いに、点々と展示してある状態だった。

抽象的でよくわからないものが多かったが、面白い作品もあった。

「雷様のお弁当箱」と名づけられた作品。

バイクと大きさを比べてみて下さい。

畑からつき出した足!
こんなふうに、業者が宣伝のために置いているものもあった。

「道の駅 大阪城残石記念公園」で、問題物件を発見!

敷地一番奥の「小海の舞台棟」(農村歌舞伎について紹介)に、なぜか大きな田中真紀子人形があった。

間違いなく田中真紀子。

名前がでかでかと書いてあった。

この人形、ミニスカートを履いて座っているのでパンツが丸見え!

他の観光客は気が付かなかったようだが、私は写真を撮った(笑笑笑)。

そもそも、どうして田中真紀子がここに展示されているのだ??