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本田氏は、「死後も自分の栄誉を讃えてほしい」という願望とは無縁だったようで、天竜市内に立派な博物館は無い。その代わり、光明小学校に資料室がある。この小学校は、元は本田氏が通っていた山東尋常小学校である。
地図をたよりに小学校に着いたら、ちょうど卒業式が終わったところで、綺麗に着飾った小学生や父兄が先生に挨拶しながらぞろぞろと帰るところだった。
実は、小学校の門柱も本田氏が寄贈したものである。裏面にプレートがついていた。 |
バイクで校舎前まで乗り付け、先生に資料室を見学したい旨を伝えると、「職員室に行って手続きして下さい」と言われた。そこで、職員室に入ったら、教頭のO氏が資料室に連れて行って解説してくださった。
![]() ![]() この隣では、本田宗一郎氏の似顔絵展開催中。小学生がメインだが、大人の書いたものもあった。 |
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嬉しいことに、全てお触り自由。 |
![]() ![]() リトルホンダには、バイクの各パーツに名札がつけられていた。小学生の教育用らしいが、「自転車用とバイク用の切り替えレバーがついている」等、私にとっても勉強になった。 |
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徹底してますね。 |
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「おやじからは勉強しろというかわりに、人に親切にしろ、うそをついちゃいけない。時間を間違えちゃいけないということをやかましくいわれた」等。 道徳教育に役立つセリフ集だ。 |
こちらは、子供達の描いた絵物語。 |
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●本田氏がホンダの社長をやめた直後に創立百周年の光明小学校に招待され、そのお礼に子供たちに出した手紙(昭和48年11月10日)。 ●本田氏の新宿区西落合の自宅を、本田氏の死後、修学旅行で訪れた時の写真 |
| ●本田宗一郎文庫--本田氏に関する本多数。「空飛ぶオートバイ」という子供向けの本田氏の自伝は、モンゴル版(ロシア語)が出版され、読書感想文の課題本になった。このことがきっかけで、モンゴルの小学生と日本の小学生の間に交流が持たれたそうだ。 |
| ●「宗一郎さんの左手」の絵--どこにどう傷があるか・・・等。職人さんの手だ。 |
| ●本田氏の描いた年賀状の絵--写真のように正確かつ緻密。 |
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資料は少な目ながら、「小学生に夢と目標を持たせる」という方向性がはっきり打ち出された資料室だった。 |
●郷土・本田資料室
〒431-33 静岡県天竜市山東2550
TEL.0539-25-3032
FAX.0539-25-6402
開館日は基本的に学校がある日(平日8時〜16時45分)
休 館 日:基本的に日祭祝日(詳しくは光明小学校までお電話を)
帰りがけに職員室を覗いたら、皆さん昼食の最中。「どうもありがとうございました!」と挨拶したら、また、教頭先生が出てきて、玄関まで送って下さった。親切な学校だ。
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R362に看板が出ていたので、門柱はすぐに見つかった。「世界のホンダ 本田宗一郎出身校跡」「旧光明村立山東尋常小学校跡地」と書かれた門柱の前にバイクを停めて記念撮影した。 |
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とりあえず、ポンポンサブレをお土産に買った。このサブレ、ここと製造源の「ますだや」(天竜市)、付近の3つの道の駅(くんま水車の里、いっぷく処横川、天竜相津花桃の里)でしか手に入らないそうだ。 |
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この画像は、光明小学校で2002年11月に浜松ポンポンクラブのミーティングが行われた時の様子。バイクではなくて、自転車が写っている。 以下、画像を下さったアウトライダー誌通信員の中里さんのコメント。 「自転車の後輪と後輪を覆うフェンダーの間に風船を挟み、走り出すとタイヤと風船がこすれ「ブウブブ」と音がするんですが、これが本田宗一郎が子どもの頃、やったというポンポン(バイク)遊びだそうです。 |
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天竜市山東4295-3、0539-25-2917 (詳細は、OR誌03年2巻P107の中里さんの記事を参照して下さい。) |