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友人から、霞ヶ浦湖畔の某所に、旧日本軍の遺構が残っているよ、と教えられ、見に行くことにした。
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石碑前にバイクを停め、碑文を読んだ。 |
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「鹿島海軍航空隊の跡」 この地は、元日本帝国海軍所属の水上機搭乗員養成基地「鹿島海軍航空隊」があったその一角であり、当時義務教育を終え又は旧制中学途中で志願してきた飛行練習生、大学在学中に志望してきた飛行専修予備学生、海軍兵学校出身の飛行学生等、隊内各兵科の支えを受けながら優秀な「パイロット」を育成していたところである。 平成11年5月27日 |
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出入り口は塞がれていて、侵入不能。 |
建物の脇に回り込んでみた。 |
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サイトで調べたら、農協の倉庫として使われているようだが、当時は何だったのかな? |
この施設からさらに道を進むと、湖畔のプレジャーボート駐機場になっていた。湖に向けてスロープが作られており、ボートがそのまま降ろせるようになっていたが、どうやらここも軍の施設の転用らしい。ここから水上機等を湖面に出し入れしたものと思われる。
![]() この界隈をさらに探索したら、旧日本軍時代の建物群を発見した。 説明看板等無いので、情報は、ネットで調べたり、友人からきいたりして集めた。 |
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戦後は某国立大学付属病院の病棟として使われていたそうだが、現在は空き家になっている。 |
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焼却棟や炊事場として使われていたようだ。 中にレンガの防火壁を持つ横置きの大きな焼却炉があり、蓋部分に月島の鉄工所の名前が書かれているそうだ。 |
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飛行機の整備工場か? 天井部分にレールが残っているそうだ。 |
この建物群は、国の施設の敷地内にあり、管理されている。
友人は許可を取って侵入したらしいが、私が行ったさいは、守衛さんに侵入を拒まれた。合法的に侵入できるかどうかは交渉次第のようなので、また、機会があったら、アタックしてみます。。。