目黒の寺巡り(2)

「筒先」と書かれた大きな燈籠。 「筒先」の意味は何?

本堂の飾り。

形がユニーク。

水かけ不動

この不動さんに水をかけると御利益があるらしい。

謎の石碑!

使用されていない駐車場の隅にあった、剣の形をした碑。両側に童子二体。

剣の基部の右端に「新橋芸妓屋組合」の文字が入っているところを見ると、亡くなった遊女の供養のための碑か?必ずしも慰霊碑であるとはかぎらないわけだが・・・。 その左側には、「○○家」という文字が並んでいた。芸者置家?

童子の足下に「ゆき建立」と書かれているが、「ゆき」とは芸者の名前か?

童子像は明治7年に白金の吉田という人が建立したらしい。

この碑の由来をご存じの方、教えていただけると助かります。

さっそくお寺に詳しいへりおすさんが教えて下さいました。

剣の形をしたのは、不動明王を表わすものではないかと思います。
よくお不動さまが手に剣を持ってますよね。横にいるのは
不動明王の脇侍で、たぶん手前が制咤迦童子(せいたかどうじ)
奥が矜羯羅童子(こんがらどうじ)だと思います。
遊女が商売繁盛などを祈願して奉納したものではないでしょうか。
※“咤”の字は宀を取った字(第三水準)

どうもありがとうございました。

青木昆陽の墓

「さつま芋の先生に感謝いたしましょう 甘藷先生墓参順路」という看板が出ていたので、いったん境内を出て、小径を歩いていったら、墓地の中に青木昆陽の墓があった。

青木昆陽(元禄8年〜明和6年(1698〜1769))は、江戸中期の蘭学者。凶作対策に甘藷(サツマイモ)を推奨する『蕃藷考』を書き、昆陽が日本で初めて栽培に成功したサツマイモは全国に広がり、「甘藷先生」と呼ばれるようになったそうだ。

たいして期待していなかったのだが、目黒の寺めぐりはけっこう楽しかった。

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