熊襲の穴

史跡であるにもかかわらず、現代芸術家によりサイケにペインティングされた「熊襲の穴」。「珍日本紀行」を見て、興味を惹かれたので見に行くことにした。

未舗装の駐車場にバイクを入れ、急な階段を休み休み10分かけて階段を登る。気温30度オーバー。暑い。

鳥居の向こう側に埋まりかけたように見える穴の入口があった。

とりあえず、電源スイッチは入れたけれど、この穴本当に入れるの?

おそるおそる、入口に近づき、かかんで穴を通ったら、広い空間になっていた。涼しい!この季節は助かる。

壁全面にサイケな壁画が描かれていて、異様な雰囲気を醸し出していた。

説明看板を読むと、

○この穴には熊襲族が住んでいた。
○熊襲の首領・川上鳥師(かわかみたける)はこの穴で、女装した日本武尊に誅殺された。

という意味のことが書かれていた。

熊襲が住んでいた、というのはわかったが、この壁画いったい何よ?看板を立てたのは「石原出版社、石原荘、妙見石原荘」の「石原貫一郎」という地主さんだ、ということは書かれていたけれど、なぜか壁画について全く書かれていない。「珍日本紀行」によると、「萩原貞行」氏が壁画を描いたそうだ。
萩原氏のサイトはこちら

どうして洞窟内に萩原氏に関する説明が無いのだろう?謎だ。

●熊襲の穴
鹿児島県隼人町妙見温泉、R223沿い