水俣病歴史考証館(2)

1970年(昭和45年)、チッソ株主総会に患者と支援者1000人が参加、チッソを糾弾した。株券を展示。

1971年(昭和46年)、患者がチッソ本社(東京)前で座り込み。チッソの設けた鉄格子展示(これって患者がヤスリで切ったものじゃないかな?他所でその写真を見たことがある)。1972年(昭和47年)の裁判では患者側勝訴。

1976年(昭和51年)9月、水俣湾に仕切り網が設置され、水銀汚染魚が他の海域に移動しないように封じ込め。仕切り網実物が展示されていた。1977年(昭和52年)から始まった埋め立て工事が終了し、水銀ヘドロが25ppm以下になったので、この網は97年9月に撤去された。

考証館では、「本当に安全になったのか?」と問題提起。1985年10月に採取された220ppmの水銀ヘドロが展示されていた。ちなみに、汚染が酷かった頃、ヘドロ水銀2000ppmという記録がある。
厚生省基準では、魚の場合0.4ppmが基準になっている。「成人が1日100g食べ続けても水俣病症状は出ない」量だが、こちらに関しても本当に大丈夫?と問題提起。

○1977年(昭和52年)、チッソが赤字で倒産しそうになり、これ以上、認定患者を増やすとチッソを援助している国や熊本県の資金繰りが苦しくなるため、認定条件をきびしくした。そのため、申請後、10年後も放置されている患者が多数発生。というか、認定される人がほんの一部だけ(資料を見たところ、認定された人は申請者の5%以下のようだ)になってしまった。

○第二水俣病(阿賀野川)は認定されたが、第三水俣病(有明湾)、第四水俣病(徳山湾)は認定されなかった。1973年、有明湾では魚が売れずパニック発生。

補償金をもらった患者に対して、ねたみから嫌がらせがあいついだ。中傷葉書が展示されていた。内容は、「朝鮮人」「部落」「仮病認定補償居士」等。

水俣病の症状は、中枢神経、運動神経、知覚神経、自律神経の障害、内臓機能の低下と多岐にわたる。特に頭痛や知覚神経障害は外部から確認しづらいので、「ニセ患者が混じっているのだろう」と外部から幾度も叩かれた。政治家の中にも、患者の気持ちを逆撫でする発言をする人がいた。75〜79年の政治家発言が列挙されていた。
熊本日日新聞の83年のアンケートによると、
 ☆患者をどう思うか
  同情する等肯定的意見44%、騒ぎすぎる、保証金目当てだろうという否定的意見45%
 ☆疑問な人(ニセ患者)がいると思うか
  かなり、あるいは少しはそんな人がいると思う69%

☆大学の時(1981年)、生物の授業で水俣病のビデオを見た。その時、教官が、「このビデオを見たくない人は退室して下さい。この講義に関しては、欠席しても単位をあげます」と言っていた。私は問題なかったので見た。ビデオに「知覚神経のみ障害される軽度の水俣病の認定は詐称の可能性もあるため難しい」という内容があった。歴史考証館に来て、教官の発言の意味がわかった。ニセ患者云々で政治的に荒れていたからだったんですね。

視野狭窄を体験する眼鏡が置かれていた。

かけて歩くとけっこう怖かった。

1995年9月、水俣病には政治決着がつけられた。政府の提案を患者側はのんだが、これは患者の高齢化により先延ばしにはできないからという苦渋の選択だった。
平成に入って発行された、チッソが患者に配布した「温泉医療券」「特別医療手帳」等を展示。
現在も、転居先で患者が充分な補償を受けられない、という事態が問題になっている。

なんだかなあ・・・と感じた水俣病資料館と比べ、深く突っ込んだ内容になっていた。

どうして水俣に水俣病関連の施設が2軒もあるのか?こちらの方がツッコミが深いのか?係の方にお話を伺った。

考証館を運営している相思社は、患者が裁判で勝訴を勝ち取った翌年、患者のために今後も何かできることがあるのでは?ということで設立された水俣病センターである。水俣病に関する書物の出版や講演会、患者の働ける工場、養生所の設立、湾内のヘドロ分析等の調査等を行ってきた。資料室(考証館)の完成は1983年。水俣市立水俣病資料館の設立が1993年なので、考証館の方が老舗である。

水俣病資料館が大きな看板を出しているのに、こちらはなぜ、目立たない案内看板しかないのか?市内にもここの存在を知らない人がいるのは宣伝不足ではないか?という、私の質問に対して。
水俣病により、市民には患者と支援者、患者に批判的な意見を持つ人、と二つのグループができた。市内ではこの対立がまだ過去のものになっておらず、患者寄りのこの施設が大々的に宣伝すると、アンチ患者派の反発をかうおそれがある。だから、必要最低限の案内看板しか出していない。
→なるほど・・・それで、「どの立場の人にもいい顔をしようとした」水俣病資料館の展示があんなに味気ないものになってしまったんですね。

水俣に行こうと思っている方へ;この二つの施設をハシゴして観覧することをおすすめする。主催する母体が違うと、展示内容の印象がこんなに違ったものになる、ということが実感できるので。

販売されていた水俣病関連の書籍を二冊買って帰った。石牟礼道子の「苦海浄土」はあまりにも有名だからここに書くまでもないが、漁師集落の人間関係に、水俣病が原因で亀裂が入る経過等が証言の形で詳細に描かれている「証言 水俣病」(栗原彬、岩波新書)も荒川的にはオススメの一冊。

●水俣病歴史考証館
熊本県水俣市袋34、R3に看板あり、0966-63-5800
9〜17時、525円、12/28〜1/4頃休
相思社の公式サイト

水俣病歴史考証館のページ

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