東大和の旧日立航空機立川工場変電所
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「太平洋戦争 戦災犠牲者慰霊碑」

裏側には工場爆撃で亡くなられた110余名の方々の名前が刻まれている。慰霊碑が柵の内側にあるため、普段は近寄れないので、慰霊を兼ねて写真撮影。

説明板を読むと、平成7年に小松ゼノアOB会の方々が中心になって建立した慰霊碑で、工場移転にともなって平成12年に今の場所に移設されたらしい。

変電所の公開日にしか慰霊碑が充分拝めない(慰霊碑由来の説明文も読めない)状況はなんとかならないのかな?

建物内に入ると、大量の写真が展示されていた。写真の数は、昨年が30数点だったそうだが、今年はちょっと増えて42点+α。現存しないものも含めて、慰霊碑、防空壕、高射砲の土台、民家の柱、掩体壕、事故列車の車輪、松根油を採った跡、空襲被災プラタナス等、多数。戦跡巡りの役に立ちそうだった。→展示されていたもののリストはこちら

2階部分は残念なことに立ち入り禁止。

「機械類(一部は戦時中からのもの)の保存のため」「老朽化のため、大勢の客が入ると危険」という理由だそうだ。機械類も文化財として指定されているのでは?

階段の裏側。爆撃&機銃掃射でボコボコになっていた。建物の中にいた方も無事じゃすまなかったろう、と思い、背筋が寒くなった。

帰宅後、母に、ここの話をしたら、私の父(昭和5年生)が旧制中学時代、学徒動員でここの工場で働いていたらしいことが判明。生前、父が「隣の人が機銃掃射で死んじゃった」という話をしていたのはここでの出来事だったらしい。私にとっては、案外身近な施設だったのだな。

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