|
|
1703年(元禄16年)11月22日、元禄地震(推定M8.2)に伴う津波が九十九里浜を襲った。津波が襲来したのは夜間のことで、渚線の数キロ内側まで津波が入り込むような状態だったため、大変な数の犠牲者が出た。当時の一ツ松村では348名(異説あり)の死者が出、長生村の本興寺では全員の戒名を刻んだ大位牌3枚を用いた盛大な法会が営まれた。
大位牌は寺が所蔵しているのか、屋外には見あたらなかったが、供養碑が境内にあった。 |
![]() ![]() 達筆すぎて私には判読できない部分が多かったが、「南無・・・水死」「是人於仏道決定無有○」の文字が読めた。 |
|
18名の戒名が刻まれているが、子供の名前が多いらしい。 「維(これとき)、元禄十有六年十一月廿二日夜 当国一松に於いて大地震有 尋で(ついで)大波揚る 鳴呼天乎是時民家流れ 牛馬斃亡す 人は幾千萬の命たるを知らず・・・」と裏面に記されているそうだ。 右側の石碑は平成14年に建立された「第参百回忌供養塔」。 |
|
最近でも犠牲者の方々に対する供養は行われているようだ。 |
この他、九十九里界隈には元禄津波の慰霊碑、津波到達碑等が多数あるらしい。場所がわかったら、回ってみたいものだ。
●本興寺
千葉県長生郡長生村一松丙301