東金の戦争遺跡(4)

私は入る勇気はなかったが、カメラ突っ込んで写真を撮ってみたら、穴の中に竹箒が落ちているのが見えた。定期的に穴に入って掃除している人がいるのだろう。穴のうちのいくつかは奧で直角に曲がっているのが見えたが、それぞれの穴が連結しているのかどうかは不明。

そのまま山頂まで登ったら、狭い広場とベンチがあるだけだった。木が茂っていて展望も不良なのですぐ降りた。
途中、分岐があったので、行き止まりだがそちらに行ってみたら、広場になっていた。茂った木の間から九十九里浜が見えた。

この道の途中に、先ほど地主さんが言っていた石碑があった。

「大東亜戦争遺跡 蛸壺」「不戦古戦場(「不戦」の脇に「たたかわざる」のフリガナつき)」「昭和二十年 1945年 範部隊構築」
と書かれていた。

「不戦古戦場」の部分が泣かせる。

この石碑の界隈、山腹に穴は全く無し。60年のうちに崩落で穴が埋まってしまったのでは?

山を降りて東金駅へ。

東金街道は駅の近くを通っている。

向こうに見える山が陣地の築かれてた台地。

九十九里から東金台地に接近する米軍。飛来する大砲の弾。台地を攻略しなければ先に進めない、ということで、台地に近づくと、穴から飛び出してきた日本兵が自爆攻撃。登り始めると、そこかしこにある穴から狙撃の嵐。迷路のような山中で倒れる米兵。火炎放射器と手榴弾大量使用、爆撃で、結局、日本軍は玉砕しました・・・というようなことが、九十九里上陸作戦が実行されていたら起こっていた筈。まさに沖縄の再現。その前に終戦になって本当によかったと思います。

【関連】東金の戦争遺跡パート2(2008年)

→「東金の戦争遺跡」地図

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