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こちらから見ると鉄屑の塊にしか見えないが、 |
転輪だ。 |
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どうやら栗林氏が持っていったのは、車体の下半分の一部らしい。転輪も一部残っていたから。全く中途半端な持ち去り方だな(ノД`) |
砲身のアップ。 |
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ちなみに、太平洋戦線で対戦した米軍のM4中戦車(シャーマン戦車)は75ミリ砲を採用していた。 |
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M4中戦車の最大装甲厚は88.9ミリ。 これでは勝負にならなかった筈だ(ノД`) |
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| 07年1月に見に行ったら、戦車の残骸がなくなっていました。ネットで調べたら、06年6月19日にはまだこの場所にあったようです。その後、誰かが引き取ったのか、ゴミとして処分されたのかは不明です。 |
| 早速、情報を頂きました。
那須の戦争博物館に行ったところ、錆び錆びの旧日本軍戦車(砲塔付き)が屋外に展示されていたそうです。最初に台車部分が搬入され、その後、私の見た砲塔部分を運んで、台車部分と接合したのではないか、とのことです。 博物館に確認は取っていないのですが、当初は下半分しか展示されていなかったこと、私が三浦で見た戦車と同様、砲の先端部分が欠けていたことなどから、この推測で間違いないと思います。 さらに、その戦車の砲塔部分は前後を間違えて接合されていた、とのこと(^_^;) 機会があったら、私も確認に行ってきます。 ★2007年5月に確認してきました→戦争博物館レポ |