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![]() ![]() 門柱。ここが精錬所のはずれだったのかな。 |
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ということで、海岸に沿って島を一周できないことがわかったので、ここでUターンした。 |
立ち入り禁止区域の中にもいろいろありそうだったが・・・君子危うきに(略) |
また先ほどの畑&集落を通って港方面に戻った。 |
高台の祠は山神社。島の採石場の守り神として崇められてきたそうだ。採石会社は未だに健在。 |
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まだ船の出航まで1時間くらいあるので、集落内を散策。ここにも廃屋が点在しているのが気になったが、集落全体の雰囲気は昔ながらでいい感じだった。 |
峠まで来たら、屋根ごしに大煙突が遠望できた。ここの人たちは精錬所の廃墟を眺めながら生きているのね。 |
| この界隈に大阪城建造のさいに使った花崗岩の残石があるとのことだったが、看板等出ておらず、わからなかった。 |
坂を下ると学校のような建物があった。校庭に「犬島学園記念碑」があった。ここに幼稚園と小中学校があったそう。過疎化と少子化のせいで平成3年に閉校してしまったそうだ。現在はこの建物は犬島自然の家という宿泊施設として使われている。 |
さらにその先には採石場や石材の会社などがあったようだが、行かずに引き返した。戻る途中、ねこ車を押しているおじいさんに出会った。この集落では、自動車はメンテナンスが大変(フェリーも自動車の修理工場もない)、道幅が狭くて運転が大変などの理由からねこ車や自転車が多用されているようだった。
14時の便で宝伝港に戻った。船に乗り合わせた年配の女性は犬島育ちで、現在は本土に住んでおり、こちらには畑の手入れをしに時々戻ってくるのだそうだ。犬島は山がちで畑の面積が狭いため、専業農家の人はいないそう。農業の他、漁業や、石材会社に勤務されている方もいるが、犬島での仕事はかぎられており、少子化もあいまって、人口はさらに減っている、とのことだ。
14時20分のバスで西大寺バスセンターへ。そこからバスを乗り継いで岡山駅に戻った。