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金剛証寺(おちんこ地蔵)(2) |
山道を800メートル・・・異景。
経塚群跡。 昭和34年の伊勢湾台風で金剛証寺も被害を受けた。裏の山が崩れ、そこから12世紀(平安時代末期)に埋められたお経の入った陶製、銅製の壺が次々と出土した。調査の結果、復元できたお経は一つだけらしいが、経筒自体が国宝に指定されたという大変な価値のある場所。現在は経筒の出土した場所にたくさん経塔が建っている。 |
この門をくぐると・・・ |
![]() ![]() 高さ3~4メートルの卒塔婆が壁状に並んでいた。興味深い光景だが、卒塔婆一つにつき、人が一人亡くなっているわけだから、敬虔な気持ちでいるべきなのだろう。お寺のおばあさんの話では、卒塔婆は5年くらいたつと古くなって文字が読めなくなるので、お焚きあげして供養するそうだ。 |
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卒塔婆群の近くに戦争関係の慰霊碑があった。 |
詩人・竹内浩三氏のご遺族が作った石碑
竹内氏は日大芸術学部の方で、学徒出陣して戦死されたそうだ。竹内氏の「戦死やアハレ 兵隊ノ死ヌルヤアハレ・・・」という詩が彫られていた。 |
「おちんこ地蔵見物」という目的で見に行った金剛証寺、なんやかんやで3時間くらい楽しめた。見所沢山(^_^) |