三芳村の桜花基地跡(1)

房総半島の内陸部・三芳村には特攻機・桜花の基地があった。桜花といえば、一式陸攻の下にぶら下げて運用された特攻機で、沖縄戦などに使われた。桜花をぶらさげた爆撃機は速度が遅くなるため(時速200キロ程度らしい)、桜花発射地点の手前で撃墜されてしまうものが多かった。そこで、本土決戦用に陸上発射の桜花43乙型が新設計された。ロケット推進の桜花は10〜30キロ程度の航続距離だが、43乙はターボジェット搭載で300キロ近い距離を飛べた。しかし、実際の配備は昭和20年9月以降だったため、使われることはなかった。

この桜花基地についてネットで調べたのだが、下滝田という場所にあるということと、近くの智恩院にレールが保管されていることしかわからなかった。とりあえず、看板の出ている智恩院に聞き込みに行くか、ということで、急坂を登って智恩院に行ったら、立派な本堂はあったのだが、無人の寺社なのでレールがどこにあるのかさっぱりわからない。困ったな。

寺から集落に降りてきて、近くで作業中の農家の方に「桜花基地跡はどこですか?」と質問したら、「そこの家の人が詳しいよ」と教えて下さった。そこでその農家に行ったが、呼べども呼べども誰も出てこない。留守じゃん。困ってうろうろしていたら、その家のご夫婦が軽トラで帰ってきた。桜花の件について質問したら、おじさんが「軽トラで連れて行ってあげるよ」とのこと(^_^) そこで、セローで軽トラの後にくっついて案内していただくことにした。

まず、先ほど行った智恩院地図)。

実は本堂軒下に桜花のレールがあった。あまりにも無造作に置かれているので言われないとわからないや。

長いレールとやや短めのレールが二組に、継ぎ手らしき金具と、犬釘(?)。近くの集落で橋を作るのに使われてしまったレールもあるらしい。また、小さなパーツの中には持ち去られたものもあるらしい、とのこと。大物パーツは持ち去る人もいないかわり、屋内で保存するにもでかすぎるため放置されているらしい。

次に、県道を渡って桜花基地跡へ。

県道から細い道に入り、そこをさらに右折すると、坂道ダート。ロードバイクじゃなくて、セローで来てよかった(^_^) →地図1 →地図2
桜花基地の残骸であるコンクリ製のカタパルトが畑のかなり先に見えた。教えてもらわないとわからない場所だな、これじゃ。

近づいてみるとこんな感じ。

おじさんの話では、昭和20年6月に工事が始まり、突貫工事で作業が進められたそうだ。神社のおばさん(後述)によると、桜花の洞窟から布に包まれた人が運ばれていくのを見たことがあるそうだ。工事で怪我人か死人が出ていたのは間違いない。

コンクリの上に載ってみた。
この穴は、レールをとめていた金具の固定部分か?
先端方向に向かって歩く。こちらの方向(太平洋側)に桜花は発射される予定だった。
先端部のコンクリが落ちていた。これは自然崩壊ではなく、ここを所有する農家の人がカタパルトの撤去を試みた跡らしい。カタパルトが邪魔だ、という話は最近も出ており、「国が作ったんだから国が撤去すべきだ」などの発言があったそう。三芳村は戦争遺跡の保存に関して何もしていないので、カタパルトが撤去されてしまう可能性もなきにしもあらず。もったいない。

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