糧秣本廠東山梨出張所跡

「山梨の戦争遺跡」(山梨県戦争遺跡ネットワーク編)によると、恵林寺東側・塩山市藤木というところのブドウ畑の中に、「糧末本廠東山梨出張所跡」の建物の土台が残っているそうだ。場所の目安は「塩山市民体育館の北西徒歩5分」

バイクでその界隈を走り回ってみたが、土台の位置はわからず。白根町ロタコ掩体壕土台探しと同じ状況だ。困ってしまって、通りがかった農家の方に聞き込み。そうしたら、「だいたいあっちの方だ」「あそこのブドウ畑で作業している方がよくご存じ」と教えて下さった。そこで、ブドウ畑で作業中の方に聞き込みしてみたら、土台の場所が判明。ありがとうございますm(_ _)m

さらに、その方は、「うちの畑にも軍がパン工場などを作った」「土台が作業の邪魔になるので、消防団の人に壊してもらった」「今残っている土台はコンクリの厚さが50センチくらいで、壊し切れなかった」などと教えてくれた。さっきのおじさんも様子を見に来て、ブドウ畑のおじさんと「そこの山の中腹に軍隊の掘った防空壕も残っているよ」「正確な場所はどこだったかな」などと賑やかに相談。ということで、本に載っていない防空壕情報も入手した(^_^)

おじさんに教わったとおり、二車線の車道を走ってその畑に行こうとしたら、目印がないため、曲がる場所を間違えて、再度聞き込み。

今度こそ、その土台を発見することができた。場所はこのへんだった。

画像では見えないが、農道右手奥に土台がある。山裾に見えている建物は、レストランかざはな

土台の上に青いボールペンを置いてみた(右画像)。本当にコンクリの厚さが50センチ!途中まで壊してあきらめたのも無理はない。

ブドウ畑なので、支柱を上手に建てて、遺構の直上にもブドウ棚が作られているけれど、他の作物だったら、土台周辺はデッドスペースにせざるをえないところだ。

壁がこんなに厚いということは、ここに建っていた建物はどんなものだったのだろう?要塞みたいな建物だったのかな?先ほどの聞き込みでは、「粉醤油工場」があったそうだが。

次は防空壕探し。

レストランかざはな前の道を右側に登る。
メゾン・ド・オクワキという施設の巨大な門があり、

その脇に防空壕を発見した(地図)。

特に封鎖されていなかったが、入り口に草が生えていて入りづらい雰囲気だったので、入り口の写真を撮って帰った。