海軍功績調査部壕

「山梨の戦争遺跡」(山梨県戦争遺跡ネットワーク編)によると、海軍功績調査部は、「帝国海軍の軍人、軍属並びに海軍に関係のある船員、一般人の戦争及び事変における国家への功績資料、記録を保管、保存し賞勲局に上奏する重要な部局」だったそうだ。

昭和20年4月、間借りしていた横浜の日吉台国民学校から焼け出されたため、ここに壕を掘り、無事だった資料を移したそうだ。山梨県明野村での仕事始めは昭和20年7月。電気や電話が引かれており、北隧道と南隧道の二本が中央で直結していたらしい。終戦時、書類の多くは焼かれたが、残った書類がガダルカナルの遺骨収集に役立ったそうである。

この本の欠点は地図がアバウトなこと。県別マップルとにらめっこし、Uターンを繰り返し、川の対岸の崖に穴を二つ発見!場所的にこれがその壕に違いない。壕に取り付く方法がわからなかったので、遠方から写真を撮った(地図)。

★この穴に関しては、本当に人工の壕なのか、確認が取れていないので、機会があったら再調査の予定です。

08年8月に再調査に行ってきました。

聞き込みの結果、上の画像の物件は壕で無いことがわかりました。

本物の壕は、この道(地図)の東側の山中にあるそうですが、「アクセスする道が無く、車道からも見えない」とのことです。案内が無いとたどり着くのも難しそうです。