|
旧敷島町(現・甲斐市)大久保の地下壕跡 |
「山梨の戦争遺跡」(山梨県戦争遺跡ネットワーク編)によると、敷島町(現在は甲斐市)大久保というところに、軍の防空壕が残っているそうだ。昭和18〜19年頃、竜王町にあった玉幡飛行場関係の潤滑油、通信機などをしまうため、大久保集落の東側の「わでくぼの山」のふもとに軍道と壕が作られたとのこと。
この本のこの項には地図がないし、県別マップルを見ても、大久保集落の場所がよくわからない。「敷島団地から1.1キロ」という文章を手がかりに、団地から西側に走ってみたら、歴史のありそうな集落を発見した。ここが大久保集落か? 聞き込みしてみたら、そうらしい。車を洗っていた若い人は壕について知らなかったが、農作業中の年配女性から壕の場所を聞き出すことができた。彼女の話では、「手前が沢だし、入り口塞がれちゃって入れない」「当時はエンジンなどが壕に入っていた」とのこと。
彼女に言われた目印「東福院の東側」をたよりに、現場に行ったら、山裾に沿って道と護岸された小川があった。この道の際の崖に壕があるに違いない(地図)。
山の南端は竹藪になっていた。 |
崩壊した壕らしきものが見えた。 |
上の画像の場所から、山裾の道を北に向かうと、右手は壕だらけだった。 |
![]()
これらの穴は、自治体がゴミを捨てて、満杯になったので塞いでしまったそうだ。 |
一見入れそうな穴も、 |
![]()
近づいてみると、フェンスで封鎖されていた。管理は万全のようだ。カメラを網の隙間に開けて内部を撮影した。 |
![]()
この穴にはゴミが捨てられていた。 |
ここで紹介した以外にも、壕が数多く並んでいた。 |