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読谷の掩体壕 |
昭和18年夏、日本陸軍航空本部によって北飛行場(読谷山飛行場)が建設された。付属施設として、コンクリート格納庫(掩体壕)が作られた。戦後、飛行場は米軍に接収され、読谷補助飛行場として使われたが、掩体壕(の一部?)は取り壊されることなく残った。1978年頃作成された資料には7基あると記されているそうだが、現在もそのうち3基が現存する。
「日本戦跡を歩く」(安島太佳由、窓社)にも簡単な地図が載っているが、読谷村役場で売られていた「読谷村の戦跡めぐり」いう冊子(500円)に詳細地図が掲載されていた。
掩体壕の場所はここ。(「読谷村の戦跡巡り」購入推奨)。
掩体壕の場所が地図にはっきり書かれているのに、方向音痴な私は村役場周辺をバイクで右往左往。やっとのことで掩体壕2基を見つけた。 |
手前の掩体壕に接近。 |
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片方の掩体壕は鳥臭い。鳴き声は聞こえなかったが、壕内の小屋が鶏舎になっているようだ。犬が繋がれており、私を見ると吠える吠える。 飼い主が出てきたら聞き込みしようと思ったのだが、出ていらっしゃらなかった。 |
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この壕を横から見たところ、後ろから見たところ。 |
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もう一つの掩体壕の中は椅子と机が並べられており、休憩所として使われている(いた)ようだが、かなり散らかっていた。 |
壕のコンクリはボロボロ。鉄筋は見えなかった。「読谷村の戦跡巡り」によると、鉄筋は使われていないそうだ。 |
気になったのは、この二つの壕のある畑に「健康増進施設建設予定地 読谷村有地により無断使用を禁ずる。平成18年度に健康増進施設建設工事を予定しているので、この地域の農作物は直ちに撤去するように通告する。平成18年9月 読谷村長」と書かれた看板が立っていたこと。
現在は平成19年6月なので、着工が遅れているようだ。施設ができたら壕が取り壊される可能性があるかも?気になる看板だ。 |
掩体壕はこの他もう一つ、見つけにくいものがある。道路沿いに、緑の小山のようになった掩体壕を発見した。 |
この近くに忠霊塔(「読谷村の戦跡巡り」によると、昭和10年頃のものらしい)もあったので、ついでに撮影した。 |