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四国ツーリングで見つけた物件(まじめ編) |
【渦の道】
大鳴門橋の一番下の部分が歩行者用通路になっている。両側は暴風に耐えるため、ガラス無しの網。
渦の道からは橋下部のトラス構造が眺められ、興味深かった。 |
ところどころ床がガラス張りになっていて45m下の海面が見えるようになっていた。 |
海面には複雑な形で動く模様ができ、沸き立っていた。ところどころ、渦の形をしているのもあるが、「沸き立っている」という表現の方があっている。80年代に鳴門渦潮観光船に乗った時と同じ印象だ。 |
【二宮忠八飛行館】
道の駅・空の夢もみの木パーク(公式サイト)内にある博物館。二宮忠八は、ライト兄弟になり損ねた男である。
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記念館の中には二宮忠八の経歴と業績が展示されていた。
忠八は歩兵連隊に所属中、樅ノ木峠(道の駅の近く)でカラスが羽ばたかずに飛んでいることに着想を得て、烏型飛行機(ゴム動力の模型飛行機)を飛ばすことに成功。自在に向きを変えられるよう改良した玉虫型飛行機(画像)の模型を作った。これを実用化するため、軍と掛け合ったが、軍は飛行機開発に乗り気でなく、二宮忠八は軍を辞めた。そして、製薬会社に入社し、資金をためて、海外製のガソリンエンジンを購入するなどしていたが、その矢先、ライト兄弟が飛行実験に成功した(1903年)という話を聞き、飛行機の開発をやめてしまった。軍が忠八の研究を見直したのは大正11年(1922年)。その後、忠八は飛行機事故で亡くなった人を弔うために飛行神社(京都府八幡市)を設立、自ら神主になった。 |
樅ノ木峠での出来事にちなみ、1966年に二宮飛行公園が、1991年には二宮飛行神社(画像)が整備開設された。さらに2006年、「道の駅・空の夢もみの木パーク」の隣接地に「二宮忠八飛行館」が開館した(参考サイト;Wikipedia)。 |
【福山市人権平和資料館】
福山は昭和20年8月8日夜、激しい空襲を受け、市域の81%が焼失、354名が亡くなった。この空襲を中心に、戦争に関するさまざまな資料が展示されていた。
二階では「福山空襲遺跡展」が行われていた。福山では市街地の8割が空襲を受け、熱で焼けた瓦や石垣、狛犬などが数多く残っている。これを有志の方が取材、聞き込みなどしてまとめたもので、100箇所くらい?の写真と場所が掲載されていた。 石は焼けると黒くなると思いこんでいたが、赤く焼けて風化したみたいになってしまう例が多いらしい。この界隈の石の性質なのだろうか?展示されていた戦災石を見たら、花崗岩が多いようだった。 ●福山市人権平和資料館 |
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資料館を出て、福山城公園の南東へ。ここの石垣の一部が戦災のため、風化が進み、ボロボロ(右画像)だった(左画像は風化していない石垣)。看板等無いので、福山駅から徒歩1分のところに空襲遺跡があるということに気がついている人は少ないようだ。 |
【旭食堂】
加古川駅から徒歩10分の旭食堂では昔ながらの加古川名物かつめしが食べられる。
「かつめし」は昨年暮れ、須磨海浜水族園で食べたが、本家本元とはどう違うのだろう? |
| 800円のかつめしを注文し、貼られているチラシを読んだ。
かつめしの定義は、「ご飯の上にビフカツを載せ、デミグラスソース系のたれをかけ、洋皿にお箸で食べる」料理とのこと。ビフカツじゃなくて、豚や鶏でも実はOKだそうだ。ということで、標準的なかつめし、というものはないらしい。加古川市内には数十軒、かつめしを出している店があるそうだ。 |
やがて、かつめしが出てきた。ご飯の上にデミグラスソースをかけたカツが載り、脇に白菜と人参の切ったものがついていた
食べた感想−カツが薄い!材料けちりすぎなんじゃ?と思ったが、料理全体としては旨いのでこれでいいのかなぁ?(ノД`) ●旭食堂 |
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