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谷中霊園(戦争遺跡以外)
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おじさんには戦争関係の墓を案内して下さるようオーダーしたのだが、多磨霊園に比べ、谷中は戦争関係者の墓が少ないらしく、私の趣味にそった墓案内にはならなかった。
朝倉文夫の墓は墓相学的に見てよくないらしい。墓石と前室みたいな区画の配置もひどいし、名前を浮き彫りにしているのも「欠ける」からダメらしい。
朝倉文夫の門下生たちが師匠を偲んで作ったらしいが、自分は嫌い、とおじさん。後で朝倉彫塑館の前を通った時も、「作品が日本人にはうけない」とコメントしていた。 好みに走った解説だなぁ(^_^;) |
先ほど探しても見つからなかった長谷川一夫の墓に案内して頂いた。
有名人なのに、墓石が小さくて驚いた。おじさんの話では、以前の墓石は大きかったが、年配女性が墓石に抱きついて危険なので、小さなものに換えられたそうだ。 |
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吉田茂の判子が彫られている墓。花柳ナントカの墓らしい。 |
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この後、横山大観(左画像)、鳩山一郎(右画像)、那須与一一族、蝸牛墓(行司の号らしい)、色川武大、浅田飴創始者の墓、潰れかけた日本郵船を建て直した実業家の墓、村田銃を発明した人の墓(最初のスポンサーが西郷隆盛だったのに、西南戦争が勃発し、結局西郷軍に対して最初に使われた)、薩摩長州以外で初めて出世した軍人の墓、君が代作詞者の墓などを案内して貰った。あれ?君が代作詞者ってたしか詠み人知らずの筈じゃあ?? |
おじさんに案内してもらえたので、とても効率よく回れた。しかし、墓地のどの部分を回ったのか、全く記憶に残っていないのが残念(^_^;)
●谷中霊園
東京都台東区谷中7丁目5−24
03-3821-4456
おじさん、勢いで私を墓地外へ。周辺は寺が多く、この界隈もみどころ多数らしい。
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観音寺の築地塀。石と土を交互に積み上げた面白い塀だ。ここに彰義隊を追撃してきた部隊の撃った弾痕が残っていた。 |
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続いて近くの経王寺。こちらは分厚い門を銃弾が貫いていた。 |